
▼三日が過ぎた。膨らむ意欲と緊張で、新社会人にはまだであると同時にあっという間の三日であるだろう。来年の今ごろはどんな顔でいるだろう。本年度採用の国家公務員は今、東京都内で合同研修中だ。二日、小泉首相が出向いて訓示したという。「『省あって国なし』と国民に批判を受ける霞が関の旧弊を、諸君が打破してもらいたい」。彼らの場合、来年の今ごろはどんな顔でいるのだろう。
▼「付和雷同するのでなく、全体の奉仕者として何をすべきかを常に自分自身で考える人間になってほしい」。小泉首相は、さらにそう付け加えたという。訓示は、裏を返せば、省庁の現実が付和雷同でしかないことを訴えているようなものだ。二日は、牛海綿状脳症への行政対応問題の最終報告書が示された。調査検討委員会は、農水省らの対応を「重大な失政」と言い切り、構造的な問題があるとした。それらも付和雷同の下で増幅し、体質になってきた。打破を思う者など現れても、のみ込んできた。
▼他人を参考にし、多くの人がとる行動に従う。これを「社会的証明の心理」と言うが、人はそうするものらしい。付和雷同するのだという。有名な実験もある。歩道で一人が空を見上げると、数人が同じことをする。大半は素通りだ。見上げる人を五人にすると、一緒に見上げるのは五倍、十五人なら通る人半分がするという。省庁改革には一緒になって空を見上げない人がいる、エリート志向はいらない。これからは先の実験を適性検査に国家公務員を採用でもしてはどうか。
▼鎌倉時代は商業が伸び、貨幣経済が浸透した。その中、貨幣収入に乏しい御家人は衰退をたどった。困窮する御家人を救うため、幕府が出したのが「永仁の徳政令」だった。「売り渡した所領でも、二十年以上たっていないものは無償で元の持ち主に返却する」「売り渡してから二十年以上たっている所領についても、買得者が非御家人や金融業者の場合は売り主に返却する」…。一二九七年のことだ。
▼要するに、土地を売っても、借金の担保で没収されても帳消しになった。お金は借り放題で、合法的に踏み倒すことができる。一方にあまりにも都合が良すぎ、一方にはたまったものでない政令だった。日本史を復習しようというのではない。それから七百年余り後の今、一日からペイオフ解禁だ。銀行が破たんしたら、定期預金などが全額保護されなくなる。人のお金を預かる方が救われて、預ける方は救われない。「歴史は繰り返す」というが、今度も一方に都合が良く、一方にたまったものでない。
▼銀行の影響力は計り知れない。が、銀行のこれまでのていたらくと優遇を並べると、嫌になる。こちらはペイオフに無縁でも、腹立たしい。永仁以前の徳政令は、意を異にした。本来は、「天変地異や予期しない出来事に不徳を責め、権力者が仁政を行う」ものだった。例えば、暴風雨が襲った伊豆に対する「建仁の徳政令」では農民に米や酒を与え、貸米証文を焼き払った。幕府は質実倹約に努めたという。それが民から離れるものになった。国のやることはいつもこんなか。
▼昨日はエープリルフールだった。エープリルフールは十六世紀のフランスに起こり、そこから広く欧米に伝わったという。この日、欧米ではうそやからかいを楽しむ。新聞もうその記事で遊ぶ。新しい年度の始まりに、気持ちの凝りのほぐし合いは悪くない。あちらのことに敏感な日本も、ユーモアには鈍感だからか。老若男女がこの日を楽しむまではいかない。むろん、新聞などもいつもの通りだ。
▼横浜市長選結果をトップにイスラエル・パレスチナ紛争、新年度から変わる制度・法…。市立半田病院の医療ミス、弁護士の詐欺行為…社会面は変わらずの事件。一日の各紙にはそんな現実が並ぶ。そんな現実をうそやなかったことにしても、みんなが喜べることはどれだけあるか。「書かれた途端に真実になる嘘もあれば、逆にまた、書かれた途端に嘘になる真実もある」とは、渋澤龍彦。本当のことばかりでなくてよい。本当になるようなうそ、楽しい夢をこの国を引っ張るという人々は示せないものか。
▼「うそは河豚(ふぐ)汁である。その場限りでたたりがなければこれほどうまいものはない」とは、夏目漱石。永田町の人々にはなかなかたたりがない。あたったが最後、苦い血を吐かねばならないのに、彼らはなかなかあたらない。最近も実例が続く。永田町からは、へき易するうそばかりが届く。昨日はだまして楽しんだろうか、だまされて楽しんだろうか。新年度の始まりに笑いを添えたろうか。世が世だから、せめて庶民は気持ちをなえさせずに頑張っていきたいもの。
▼道新「春待つ心に寒い記事ばかり」。読売「日本中いかがなものかばかりなり」。朝日「どうにでもなれと言いたき国になり」。三月を一般紙の投稿川柳で締めくくろう。この国がますますひどくなっていることが伝わる。読売「支持率が螺旋階段下りてくる」。同「もしかして総理もラベル違いかも」。毎日「結局は大したことないK首相」。道新「米百俵今や人気は五十俵」。何よりも、小泉首相が下降する。
▼今まで以上に永田町もボロが出た。それを始末仕切れないボロが出た。朝日「プリンスとスズキが並ぶ廃車場」。一部が追い込まれるが、道新「新聞を開くと鼻をつく腐臭」は一部だけだ―とは国民は見ない。朝日「選挙区のあちこちで見るマイハウス」。同「ムショ属と仮名で書きたい人もいる」。そうそう、肉の偽りも一部だけじゃなかった。読売「偽装肉世界の国からこんにちワ」。同「国民の舌をラベルがなめている」。朝日「鯨だけ信じられそうな原産地」。この国はこんなところまで最低になっていた。
▼望まないのに、働く者に最低を強いる。不況はどんどん最低を増やす。毎日「改革に拍手していて首切られ」。同「名をかえて経済言い訳大臣に」。同「国会で何をしようと仕事無い」。不況を嘆く川柳もどんどん増えている。朝日「休止符も終止符もある労働歌」。読売「週末になると会社が消えていく」…。あきれるばかりの三月は終わり、四月には何が待つ。道新「自己主張雪の谷間の福寿草」。同「ふきのとう春風浴びて深呼吸」。自然の春はやって来たが、世の春はいつ来るか。
▼建築家浜口ミホ(一九一五―八八年)のことが、二週間余り前の道新に載っていた。北川圭子札幌理工学院教授の寄稿だった。浜口ミホはわが国第一号の女性建築家で、今日でいう「ダイニング・キッチン」の生みの親だ。浜口ミホは、「男子厨房に入るべからず」とするような住宅に内在する男尊女卑や家制度と向かい合い、そこを正す仕事をした。成果の一つが「ダイニング・キッチン」だとあった。
▼今、日本の住宅の大半は当たり前のようにこの形式、またはその応用を採用している。台所は卑しい空間とする、かつてのとらえ方はない。社会が建築に反映するが、建築からの仕掛けが社会の変化を促しもする。そういうことだろう。ちょうど最近、キッチンに関することでこんな話も知った。今日の能率的なキッチンの配置設計の原型は、黒人奴隷解放運動の引き金となる「アンクル・トムの小屋」(一八五二年)を書いたストウ夫人(一八一一―九六年)によるのだという。
▼ストウ夫人は、姉キャサリンとの共著で家政学教科書(一八六九年)も出版した。奴隷制に反対する立場から、その教科書で家事労働のための召使いをなくすこと、そのために女性の台所での仕事を徹底的に合理化することを主張。今日の原型を示したという。やはり、建築の力はつくるにとどまらず、変えるところにある。このほど、旭川に移転する道立寒地住宅都市研究所が完成した。新しい力を備える。成果を多く生んできた寒研だが、より本道に対応し、本道を変える建築の拠点に―と期待する。
復興 第2部 識者からの提言
未曽有の災害をどう受け止め、復興と再生にどのように取り組むべきか。6人の識者に聞いた。
真砂徳子の起ーパーソン
北海道で夢の創造に奮闘するキーパーソンを紹介。
河西教授の経営戦略
札幌学院大学の河西教授が、経営の基本理論を踏まえ、現実の企業経営に役立つ情報を提供。
ファシリティマネジメント特集
施設の有効活用を図る総合的な管理手法「FM」の動向や情勢を紹介。
コラム「透視図」
建設業界に止まらず、幅広い話題を取り上げています。