
▼福井の敦賀原発は、1号機が運転42年に及んで老朽化を懸念され、増設計画もある。高速増殖炉もんじゅはトラブル停止中で、廃炉などが検討されている。両原発が立地する敦賀市の市長は昨年、お歳暮として大臣や国会議員に越前ガニを贈っていた。9日、市民団体がその市長を贈賄容疑で告発することを決めたという。市長はお歳暮に意図はないとしているが、原発増設やもんじゅ存続を訴えてきた人だ。
▼このカニ問題に思い浮かんだのは、「原子炉の蟹(かに)」(長井彬著)である。1981年に江戸川乱歩賞を受賞した推理小説だが、原発を舞台にし、その問題性も浮かび上がらせた一編だった。利権が絡む原発建設、安全の危うさ、放射能が舞う内部、原発労働者の過酷さ、電力会社の隠ぺい体質…。あらためて同書に目を通したが、そこは虚構でないことをかみしめさせられた。くしくも81年、敦賀原発も原発の問題性を浮かび上がらせた。放射能廃液の大量流出事故が発生した。
▼原発は、70年代までに11カ所・21基が稼働していた。反対運動が起こり、事故も起こるが、80年以降も建設は続き、日本は17カ所・54基と世界3位の原発国になる。「原子炉の蟹」に記された原発の問題性は、福島第1原発禍で目の当たりにすることになった。それでも、カニのお歳暮なのである。全原発が休止したが、稼働を求める声、稼働へ導く動きも小さくない。きょうは、原発禍も招いた震災発生から14カ月の節目の日。原発をどうするのが一番かについて少しでも考えようでは。
▼琵琶湖にある竹生島の弁天様は満月の夜、魚たちとうたげを開いた。場を盛り上げた魚には褒美があるのだが、アユは銀色の姿を輝かせるだけ、フナはおしゃべりをするだけだった。コイは口をパクパクするだけで、弁天様はがっかりするだけだった。が、そこにナマズが現れ、弁天様の奏でる琵琶の音に合わせて歌い、踊った。みんなを喜ばせ、うたげは大盛上がりした。褒美をもらったのはナマズだった。
▼神の聖地の竹生島を舞台にした滋賀県の民話「竹生島とナマズ」である。ナマズをたたえる楽しい話である。政治の聖地(であるはず)の国会でも、そんなふうにナマズが場を盛り上げてくれるのなら言うことなしなのだが、残念ながら…の行動を取るだけというのである。永田町の実話は「竹生島とナマズ」とは真逆で、どうしようもない。ナマズと言えば、地震を起こす―が誰もが知る伝承だが、場を揺さぶるナマズである。そんなナマズは、むろん民主党の小沢一郎元代表である。
▼「小沢家の押し入れには札束がぎっしり詰まっている」は、永田町の都市伝説である。小沢さんというナマズも褒美をもらうのは得意だったらしい。が、それが災いして陸山会事件を生んだものの、無罪判決(地裁)を受け、党員資格停止処分も解除である。表面に現れるや、消費税や復権で党への揺さぶりを本格化させるという。陸山会事件では高裁控訴が決められ、本人も党も揺らされる状況が続く。政治の混迷が見える。そして、今以上の混迷で、増えるばかりは国民の悲話である。
▼楽しみにしている人が多いのではないか。道立近代美術館など主催の「大原美術館展」の開催(5月19日―7月8日)が来週に迫った。大原美術館(倉敷)は、実業家大原孫三郎が1930年に開設した。西洋美術・近代美術を展示する美術館としては日本最初のもので、充実した作品収蔵を誇る。モネ、ルノワール、べナール、ユトリロ、マティス、ヴラマンク…。同展では主要な画家の80作品が味わえる。
▼大原美術館の作品収集は、画家児島虎次郎が主に担った。児島は、欧州へ行く機会が得られない多くの日本の画家のために西洋美術の実物を日本へもたらすことの重要性を説いた。大原はその考えに賛同し、収集が始まり、美術館開設に至った。影響を及ぼし合い、刺激を受け合い、芸術は豊かになっていく。いろんな実りを生んでいく。大原美術館は日本の画家の光や水となり、日本の実りを増やした。同展には日本の画家の作品も多数展示され、そんな高め合う芸術の姿も味わえる。
▼話は変わる。同展についてだけ書きたいのだが、どうも今の欧州のことが気になり、そうせざるを得ない。モネ、ルノワール、べナール…。先の彼らはフランスの画家だが、仏大統領選でサルコジ氏が敗れた。欧州危機に対応する緊縮財政策が転換されることとなった。芸術と違い、経済は負を与え合う。欧州危機の行方、日本の行方も懸念されることになった。早速、円高を見た。先はどうなるのか。楽しむことを減らすこっちの問題には、不安を大にしている人が多いのではないか。
▼つくば市の竹園に友人が暮らしている。竹園は筑波大の近くにあり、勤め先が筑波大だから、そこを選んだ。北条は竹園と遠くはなく、北へ10㌔余りのところにある。状況が違ったら、北条に暮らしたかもしれない。「そんなことを考えてぞっとした」り、「こっちで発生したかもしれないと考えては、ぞっとした」り…。友人は、災害はどこで起きても人ごとではないことをあらためてかみしめたという。
▼竜巻がつくば市の北条を襲った。ニュースで被害のすさまじさ、すなわち竜巻のすさまじさを見せつけられた。またたくまに約300棟の家々を破壊した。中学生の少年が亡くなり、40人近くが負傷した。竜巻は上条にとどまらず、筑西市で90棟、常陸大宮市では43棟が損壊する被害を受けた。隣の県の栃木でも襲われた。茂木町で112棟、真岡市で132棟、益子町では207棟が損壊したという(7日午前確認)。春を迎えて楽しさが増えるはずの暮らしが一瞬で吹き飛ばされた。
▼被害のすさまじさは3・11震災を思い浮かばせるが、北条ではその被災者たちがまた被害を受けた。竜巻が襲った雇用促進住宅には福島第1原発禍で避難した福島の20人がいた。むごくも、再出発への暮らしも吹き飛ばされた。被災した地の早い復旧を願うが、ばかりか、ここはつくば市の友人の実感をこちらもかみしめねばならないだろう。恵みもだが、災害も多い日本である。そこに生まれた者としては明日はわが身―を心し、もろもろの災害を受けた人々に心を寄せて暮らしたい。
▼日本国憲法にこう記される。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」。第9条である。きょうの「憲法記念日」には、ことしも全国各地で集会が催される。9条を守り、平和や核廃絶を求めていくことが確認される。一方、改正の必要性も確認されたりするが…。
▼憲法にはまたこう記される。「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする」。第条である。9条の尊重も平和や核廃絶の追求も国防の重視も甚だ大事だが、人が尊重されて生きられることの問題も同様に大事だ。大震災で浮き彫りになったのは、この大事を小さくされていることだ。被災地の人は、厳しい状況に身を置く。憲法とはかけ離れている。
▼憲法にはこうも記される。「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」。第条である。さらに「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。第条である。被災地の人は、それらを有せずにいる。原発禍の福島は永年にわたってだが、住む場を限られている。職も限られ、生活保護も失業手当も切られたりしている。生活を営む権利はどこに?大震災を負った日本は、今や憲法全てをかみしめねばならないところにある。
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